著作権

2006年11月 8日 (水)

SARAH,SARVHが、また懲りもせずに・・・

INTERNET Watchの記事「「iPodがMDの代替機器として普及」私的録音補償金管理協会が調査報告」によると、「デジタル録音機器を保有する15歳以上を対象に行った調査の結果より、「携帯音楽プレーヤーの著しい市場進出に伴い、デジタル録音に使用される機器・媒体が、従来のMD中心から変化しつつある。MDの代替機器として、iPodなどの携帯音楽プレーヤーが普及しているという見方が正しい」として、携帯音楽プレーヤーを私的録音補償金制度の対象にすべきであるとの考えを示した。」との事である。

上記記事から読み取れる限りでは、相変わらずデジタル録音機器が私的録音補償金制度の対象にすべき根拠として納得できそうな情報は無い。

一年前のiPod課金騒ぎの際にも同じような事があり、このブログでもコメントを書いたが、当時から何の進展も無いとしか言いようがない。

iPodに代表されるデジタル録音機器の普及が増大しているのは周知の事実であり、MDから置き換わっていくのは当然の流れだと思う。
しかし、MDから置き換わるからMDの代わりに補償金を回収する対象にするというのでは話の筋が通っていないからこそ、昨年の時点でも話が進展しなかったのだ。

それなのに、依然としてなんの代わり映えも無い発言を平気で繰り返してくる補償金管理協会は、学習能力が欠如しているのだろうか?

#まあ、この時代にあって未だに電子メールすらまともに使えず、かたくなにFAXを連絡手段としているような団体なので、所詮はその程度と考えておいた方がいいか・・・

今後、またパブコメの募集などがあれば、断固阻止のために再び声を上げなければ。

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2005年12月 9日 (金)

JASRACから回答が来たらしい

注目していた牧歌組合~耳コピとエロジャケ~さんの件だが、ようやくJASRACからの回答が来たらしい。
一杯ひっかけた状態で出張先のホテルにいる状態だが、ここは緊急参加せねばなるまいて。(笑)

さて、回答の内容を見ながら、気になるところを突っ込んでいこう。

音楽に限らず、著作物をホームページに掲載することは、事前に
権利者の許諾が必要な利用となります。
タイトルを併記するなど、特定の既存楽曲を想起させる形で
楽曲の一部やパート別に作成された譜面などを部分的にご利用になる
場合であってもその曲と特定できる形でのご掲載であれば、一般的
には許諾が必要な利用となります。

まず、この文面だが、これが「引用」に対する事を言っているのか、「利用」の事を言っているのかがハッキリしない
「利用」であれば、許諾が必要なのは説明するまでもない事だ。
著作権法でも第六十三条をあたりを始めとして、著作物を利用する場合には許諾が必要と理解できる記載もある。

では、「引用」の場合はどうだろう?
引用に関する記載は、第三十二条しか見当たらない。

第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
2 国若しくは地方公共団体の機関、独立行政法人又は地方独立行政法人が一般に周知させることを目的として作成し、その著作の名義の下に公表する広報資料、調査統計資料、報告書その他これらに類する著作物は、説明の材料として新聞紙、雑誌その他の刊行物に転載することができる。ただし、これを禁止する旨の表示がある場合は、この限りでない。

これを見る限りでは、「引用」の際に許諾が必要とは読み取れない

また、以前にも書いたが、「部分的にご利用になる場合であってもその曲と特定できる形でのご掲載であれば、一般的には許諾が必要な利用となります」というJASRACの言い分は、著作権法と矛盾するのではないかと思う。
著作権法では、第四十八条にて、「引用」するには「出所を明示する」事が必要との記載がある。
つまり、引用するということは何の曲かを明確に特定するという事でもある。
JASRACはQ&Aにて「歌詞の引用を否定するものではない」としているのだが、それなのに上記で挙げている「曲が特定できたら利用」というのだから「引用」するための条件と矛盾している。
そこから考えても、「曲が特定できたら利用」とするJASRACの言い分は著作権法から逸脱したものではないだろうか?

まずは、上記回答が、「利用」または「引用」のどちらについて言及しているのか?
また、「引用」の事だとすれば、許諾が必要となる根拠は何処にあるのか?
といった点の明確な説明が欲しいところだ。

次に

しかし、歌詞や楽譜などの掲載については、コード進行に関するご自身の
見解を補助する範囲を超えてご利用になっていると考えられるため、
必ずしも③、④を満たすとは思われません。

という点だが、これについては、確かに歌詞を全体的に載せているところについては、ちと問題ありかとも思うが、コード進行を説明するにあたって、曲のどの部分かを説明するのに歌詞掲載以外にどんな方法があるだろうか?
曲の位置を示すために歌詞の一部を掲載する事は、必要最低限の事であるというのはゆるぎないところではないかと思う。
(もし違うというのであれば、JASRACが認める最低限の引用によるコード進行の説命例というのを挙げて欲しいものだ)

あとは、必要以上の量を掲載していないかどうかを見極める事になるかと思う。
JASRACの回答では「同様の掲載方法が他にも散見された」とあるが、そのあたりは見解の違いもあるのでお互いの主張を交わしつつ整合点を見極めるしかないだろう。
とりあえず牧歌組合さんが、ご自分で納得する範囲で問題と思える部分を改善する。
その上で、JASRAC側から見てまだ問題だと考えられる場所があれば、個別に指摘してもらう。
それが納得いくものであれば、対応すればいいし、納得いかないものであれば、さらに反論するしかない。
時間と手間はかかるが、そうやって一つ一つを潰していくしか無いのではないだろうか?
「他にも散見された」の一文で全てを同じように扱われるというのは、牧歌組合さんも納得いかないところだと思うので。

いずれにせよ、ごく普通(と私が思い込んでいる)の感覚で見た限り、牧歌組合さんのブログは丸々つぶされるような物ではないと思う。
うまくJASRACと調整され、ある程度妥協できる線引きをJASRAC側から引き出せると素晴らしいと思うのだが、道は険しいかな・・

#とはいえ、第三者があまり無責任な事をいってもしょうがないところだが・・・
#注目しているし応援もしているが、無理強いするのは本意ではないから。

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2005年12月 3日 (土)

JASRACが「引用じゃない」と言ったからといって、本当にそれは正しい事なのか?

#こうも著作権がらみの話を書くとは思わなかったよ。(さすがにカテゴリーを分けた)

先日の記事で紹介した牧歌組合~耳コピとエロジャケ~さんだが、とりあえず今のところはJASRACからの回答待ちという事で、いきなり削除される事態は回避した模様。

若旦那の独り言さんは、もはやだんまりを決め込んだのではないかとの意見のようだが、さすがにいきなりフェードアウトはしないのではないだろうか。(ていうか、ちゃんと回答して欲しい)
このまま回答なしなら、それこそ架空請求と言われても仕方が無いだろう。

さて、若旦那さんとこのコメントで紹介されていたページを見たのだが、なんだかなぁ・・・という感じの内容だったのでコメントしたい。

ページの作者は、当初は「歌詞の引用は著作権の侵害ではない」と表明していたが、その後の紆余曲折によって以下のような見解に変わったらしい。
以上により、私は
『 歌詞の「引用」は著作権の侵害には当て嵌まらない。
  しかし、それは歌詞の使用が「引用」だと認められればの話で、
  歌詞(歌)の管理をしているJASRACから「引用」だと認められなければ、それは著作権の侵害となる。 』
と、結論を出させて頂きます

私はどうにもこの意見には賛同できない。
それが当記事のタイトルにつながるのだが、JASRACが引用でないと言ったとしても、それはJASRACの言い分でしかない訳で、常にそれが正しいと言うわけでは無いだろう。
本当に尊重すべきなのは、著作権法の記述や過去の判例だと思う。
#ていうか、JASRACに「引用ではない事を主張する」事は出来ても、「著作権の侵害であると判断を下す」という権限ってあるのか?

また、こんな事も書いてある。
さて、『「歌詞の引用」が、そもそも「引用」に当て嵌まるか』に戻りますが、
JASRACからの回答の中の、「引用」の成立条件の【4】が、私とスレの方の間で挙がりました。
「“必然性”というのは、どういうものに当て嵌まるのか?」となったのですが、
「使用する“必然性”なんて、滅多に無い」と、私もスレの方も同じような考えでした。
引き合いに出すとしても、「そもそもその引き合いすらやらなければ良い」とも、言おうとすれば言えるはずです。
批評、研究においても、「やらなければ良い話でしょう」で済まされ得るものになってしまうと思います。
このように、“使用する側”が主張する“必然性”なんて、否定しようとすればいくらでも否定出来るものです。
よって、『「引用」は滅多に認められない』という結論になりました。

さすがに、この『「やらなければ良い話でしょう」で済まされ得るものになってしまうと思います』との意見は噴飯ものだと思った
これって、必然性を問うポイントが間違ってないか?
「引用に必然性があるか?」というのは、必要性の無い引用になっていないか?ということであって、批評や研究をする事自体の必然性を問うている訳ではない
批評や研究をする事の必然性なんて、本人の「やりたい」という気持ちだけで十分なのであって、第三者がとやかく言うものではないだろう。
「やらなければ言い」なんて言い出したら、批評や研究だけでなく楽曲や文学などの創作活動そのものを否定する事にも繋がりかねない。
だいたい、何が悲しゅうて、批評や研究をやる事に対する必然性をJASRACなんぞに問われにゃならんのだ。(笑)

それから、引用に対するJASRACの回答には
たとえ一部であってもその楽曲であることが特定できる場合は、
「引用」ではなく、許諾が必要な「利用」となることを前提として・・・

とあるが、著作権法にて定められた引用の定義ってそんな内容だったっけ?
ていうか、同じ回答文の中に
「引用」の成立要件は、
1,引用目的(報道、批評、研究)
2,明瞭区分性(引用文を括弧でくくるなど、自分の文章と区別する)
3,主従関係(あくまで自分の文章が主であること)
4,必然性、最小限度(どうしても引用する必要があることと、分量は必要最低限であること)
5,人格権への配慮(その著作者の人格権を侵害しない内容であること)
とされており、これらの要件を満たしたうえで、かつ引用する著作物の
出所を明示すること
となっています。

って書いてあるんだけど、引用するためには「出所を明示した上で、なおかつその楽曲が特定できてはならない」って事かい?
言っている事がメチャクチャ矛盾してしないか?(笑)

このページの筆者は、
『著作権法上の「引用」に当て嵌まらない』とJASRACが判断を下せば、それは著作権の侵害となってしまいます。
てな事も書いているが、そりゃ、ちょっと違うんと思う。
そんなんじゃ、怪しげなアダルトサイトから「サイトにアクセスしたら使用料○万円の支払いが必要です」って言われたら疑いも無く払わなければいけないと思ってしまうのと大して変わらないのではないかな?
繰り返しになるが、JASRACの主張は権利者側の立場からの主張なだけであって、判断を下すための正しい判断基準という訳では無いと思う。
あくまで著作権法で決められた事を判断基準とするべきだ。

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2005年11月23日 (水)

パブコメ提出その後

おっと、いつの間にか著作権分科会 法制問題小委員会(第9回)議事録がアップされてますな。

とりあえず、パブコメ結果をチェック。
自分のコメントも載っているのを確認して一安心。

全然関係ないんだけど、小委員会の開催が11月11日 経済産業省別館11階 1111室って事で1並びスゲーって思った。(笑)

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2005年11月20日 (日)

なぜ権利団体は、こうも法を歪めて解釈するのか?

牧歌組合~耳コピとエロジャケ~というサイトが、JASRACからの「権利侵害にあたるとしての削除要求」を受け、削除されようとしている。

しかし、全体的な状況や話の流れを見ていくと、どうにもJASRACの言い分に納得が出来ない。

そもそも、今回のJASRACの主張の根幹は「歌詞の掲載は部分的であっても無許諾でのご利用はできません」という物だが、該当サイトは歌詞の「利用」をしている訳ではなく「引用」しているという点で、既に論点がずれている。

音楽リスナーとPCユーザのための著作権パブコメ準備号の「牧歌組合~耳コピとエロジャケ~ 」を削除させないために、その3で紹介されているJASRACとの往復書簡を見れば、JASRAC自身も歌詞の引用が違法ではない事を認めている事実もあるので、論点は「引用」か否かという事になるだろう。

法律に詳しい訳ではないので、法解釈としての正しい発言ではないかもしれないが、ごく当たり前(だと自分では思っている)感覚で考えれば、どう見ても当該サイトの利用の仕方は「引用」だとしか考えられない。

また、これは個人的に気に入らない部分だが、上記「JASRACとの往復書簡」内でのJASRAC回答の中でも
尚、同様なケースとして、雑誌等でのアルバム紹介、解説の中での歌詞のご利用があります。
これも、出版でのご利用として許諾手続きをおとりいただいた上で掲載されています。

とあるように、著作物の紹介や解説といったものにも許諾手続きを必要としているというのが通例となっているのは如何なものなのだろうか?
例えば著作物のかなりの部分を使用している等、オリジナルの著作物の代替となりうるようなものは著作物の権利を侵害していると言えるだろうが、普通に見かける紹介や解説というのは、むしろオリジナルの著作物を利用する事を促す効果があり、著作者としては歓迎するべき事なのではないのか?
それに対してJASRACが行っている事は、これ幸いと課金の口実にしているだけでしかない。

さらに最も憤慨するのは、本来は著作権法に沿った活動をすべきはずの管理団体が、その著作権法の本質を尊重していると思えない点だ。
歌詞の引用はよいという認識でありながら、普通に考えて引用としか思えない使い方をしているサイトに対して、著作物を使用しているからという説明のみで著作権侵害だと訴え、引用と利用の違いを明確にしようともしていない。
ケースは異なるが、初の私的録画補償金変換を受けた人が、そのやり取り内容の全公開を控えているのもSARVH側の誤った著作権法解釈に基づく拒否があったからだ。
著作権法をこうも軽視して自分の都合にあわせた解釈をしようとする権利団体の存在とはいったい何なのだろう?

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2005年10月18日 (火)

私的録画補償金返還の経緯に見るSARVHの問題点

'05年6月に初めて私的録画補償金の返還が行われた事は、ニュースでも話題となったのでご存知の方も多いと思う。

その時の経緯は、申請者によって「私的録画補償金管理協会への返還請求」で公開されているのだが、ご覧になれば分かるとおり、私的録画補償金管理協会(SARVH)側からの回答内容については一切公開されていない。
これは、SARVHが公開を拒否したためである。

しかし、SARVH側から公開を拒否するという事に対しては、どうにも納得がいかない。
そもそもSARVEは「社団法人」であり、一般的に言う公益法人(公益に関する事業を行う団体)では無いのか?
そうであれば、むしろ特別な理由が無い限りは積極的に活動内容を公開し、自らの活動の公明性を明示するべきではいのか?

返還時のやり取りの内容が手元にあるのだが、SARVHの対応には思わず首を傾げてしまう。
やり取りの流れは以下のようなものだ。
申請者:やり取りの内容を全面公開したい。
SARVH:個人とのやり取りはプライバシーに関わるため公開を前提とすべきではないと考える。
申請者:今回のやり取りでの個人情報は私に関するものなので、私自身が了承すれば問題ない。
SARVE:返還委員会において、個別の返還請求に関する書簡等については一切公開を認めないこととした。

上記から分かるように、SARVHの主張は一貫性が無い。
最初はプライバシー保護のためともっともらしい回答をしたものの、その主張が無意味である事を指摘されると、態度を一変して理由の説明も無く一方的に公開拒否である。
どうやら、なにがなんでも公開させたくないらしい

この話には、さらに先がある。
申請者の最後の文面には「承諾がない場合には当方で作成した要約、承諾がある場合には、全文を公開することとします。」と書いてある事にお気づきだろうか?
にもかかわらず、現在はSARVH側の回答が一切公開されていないのは、SARVE側から以下のような連絡が来たためである。
師尾様が公開する理由を述べておられるにしても、この公開は著作権法上の問題点を生じています。すなわち、この文書は当協会が作成したものであり、文書の著作者は当協会であります。当協会が承諾していないにもかかわらず、当協会作成の文書を師尾様が一方的に公開することは、著作者人格権等の侵害になると考えております。』(原文のまま)
つまり「SARVH側からの手紙はSARVH側に著作権があるから、許可無く公開する事は著作権を侵害する」と主張してきたのである。

しかし、このSARVH側の主張は正当性を欠いている。
SARVH側からの手紙は著作物の条件を満たしていないため、主張できる著作権など存在しないからだ。

そもそも著作権法による著作物の定義とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」である。
つまり、著作物とは創作物なのである。

手紙の内容が著作物として認められた判例というのも確かに存在はしている。
通称「三島由紀夫の手紙事件」がそれにあたるが、これは判決文(下記)にもあるように、手紙の内容に創作性があると判断されたためである。
本件各手紙には、単に時候の挨拶、返事、謝礼、依頼、指示などの事務的な内容のみが記載されているのではなく、三島由紀夫の自己の作品に対する感慨、抱負、被告福島の作品に対する感想、意見、折々の心情、人生観、世界観等が、文芸作品とは異なり、飾らない言葉を用いて述べられている。本件各手紙は、いずれも、三島由紀夫の思想又は感情を、個性的に表現したものであることは明らかである。以上のとおり、本件各手紙には著作物性がある。

これに対し、SARVHからの手紙の内容は、補償金返還に対する手続きのための説明や質問に対する回答といった事務的な内容であり、創作的な表現の入る余地など何処にも無い。(もしも創作的な表現で回答されたら、それはまた別の意味で問題だが)
それから考えれば、SARVHの手紙には著作物性など無く、著作権の主張は見当外れなものである。(第一、著作物として保護する理由や必要性が何処にある?)

この件に対して一番危惧するのは、著作権法に基ずく活動を行う筈のSARVHが、著作権法に対する誤った認識を振りかざして要求をつきつけてきたと言う点である。
このような事があると、自分達の理屈を通すためには平気で誤った法解釈を使ってくるのではないだろうかと疑わしくなる。

権利団体がipod等のデジタル録音機器に対して私的録音補償金の対象に指定する事を要望しているのだが、果たしてそれは著作権法の正しい解釈に基づくものなのだろうか・・?

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